クロガネ・ジェネシス

第11話 絶望の未来予知
第12話 決勝戦 零児vsアール
第13話 相容れぬ者達
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第一章 海上国家エルノク

第12話
決勝戦 零児vsアール



『……!』
 武大会の会場。コロシアムの前で、零児とアマロリットの2人は『リベアルタワー』の方向から、爆音と閃光がきらめくのを見た。誰もが、武大会の決勝開始前の花火か何かだと思う中、零児とアマロリットのみがその本当の意味を理解していた。
 零児はこれから決勝進出の選手として受付を済ませ、控え室に向かうところだった。
 2人の表情が引き締まる。アマロリットは静かに呟いた。
「どうやら……」
「ああ……」
 零児もまたアマロリットの言わんとしていることを察して言葉を繋ぐ。
「是が非でもアールに勝たなければならなくなったようだな……」
 零児はバゼルの言葉を思い出していた。
『もし、俺や、アーネスカ達の身に何かがあった場合、アーネスカにそれを知らせる合図を送らせる。閃光と爆音が『リベアルタワー』から発されればそれだと思ってくれ。そして、そうなった場合は零児……お前には是が非でも優勝してもらわなければならなくなる。出来るか?』
 相手はこれまで全ての対戦相手を瞬殺してきた実力者、アールだ。絶対の自信をもって勝てるとは言い切れない。
「まったく……簡単に言ってくれる……」
「勝てる自信は?」
「ないこともない……。だけど、正直微妙だ……。だが俺が勝たないと、アーネスカ達を救えない。あいつらがピンチだからこそ、あの爆音は鳴ったわけだ。だったら、勝てないかも……なんて弱音を吐くことは出来ないさ」
「そう……頑張ってきなさい。私は、火乃木達と観客席にいるわ」
「ああ」
「所で……」
 アマロリットは昨日から気になっていた質問を零児にぶつけた。
「なんで木刀なの?」
 零児の左腰には木刀があった。アマロリットに零児が頼んでこしらえたものだ。
 しかし、この武大会は飛び道具と魔術さえ使わなければ基本的になんでもありだ。ソード・ブレイカーという短剣を持ってる零児には本来不必要なものだ。
「斬撃より打撃の方が、対人戦ではやりやすいだけさ。人の肉を切ると、嫌な事を思い出してしまうからな……」
 それは7年前の忌まわしい殺しの記憶だ。他人の肉を斬るとどうしてもそれを思い出してしまう。零児はそれが嫌だった。木刀はいわばその代用品だった。
「そう。頑張んなさい」
「そのつもりだ」
 零児は受付で自分の名前を確認し、控え室に向かった。

 控え室にいるのは当然ながら自分1人。相手が1人しかいないから当たり前といえば当たり前だ。
 棄権なんて始めからするつもりはない。だが、今となっては中途半端に戦って敗北することも許されない。零児はアールに勝たなければならないのだ。
 ――この戦い……。一瞬でケリをつけないと……。
 いつの時代も消耗戦になれば、物量が少ない方が不利となる。例えば弓兵の矢だったり、拳銃の銃弾だったり、それは状況によって様々だ。そして、そのことは戦争の歴史が証明している。
 アールは零児以上に実力が高く、体力も上だ。倒すには速攻しかない。が、あれだけの実力を持つアールが零児の速攻を許すとは思えない。むしろ自分が瞬殺される可能性の方が高い。
 だが、零児にもまったく策がないわけではない。そのための切り札が木刀なのだ。
『さあ、それでは! アルテノス武大会決勝戦を行います! クロガネレイジ選手、ミスアール選手の2名は、リングの上に上がってください!」
「……行くか!」
 零児は控え室から出て、観客と対戦相手であるアールがいるリングへと向かう。
 観客席は満員だった。どこも目一杯埋まっていて、この決勝戦がどれだけ聴衆の興味を引いているかがわかる。
 観客席には火乃木とシャロンもいた。『リベアルタワー』での救出作戦は少人数の方がいいという理由で、参加できなかったのだ。となれば、やれることは零児の応援くらいだった。もっとも零児の目にはどこにいるのかまったく分からなかったが。
『いよいよ、このアルテノス武大会も最終日を迎えました! これまで32人もの選手が己が実力を競い合い、戦ってきました。そして、最後まで残ったのはこの2人! どちらもこの武大会で勝ち残るには十分な実力を持った選手であると言えましょう! 大会開始前に、お2人にはこの決勝戦へ向けて一言、語ってもらいましょう!』
 魔術師の杖を持ったアナウンサーがリングの外からやってきて、アールの口元に魔術師の杖を突きつける。杖に声をかけると周りに聞こえるようだ。アールは静かな口調で言い放つ。
『強いものが勝つ。ただそれだけだ……』
 なんとも味気ない一言が、会場に響き渡った。
『はい、なんともシンプルな一言をありがとうございました! 続いて、クロガネレイジ選手に聞いてみましょう』
 アナウンサーは零児の前までやってきて魔術師の杖を口元に近づける。
『クロガネ選手。決勝戦について、何か一言お願いいたします』
 アナウンサーの言葉に零児が反応する。零児はゆっくりを虚空を見つめ、そして思い立った。吸い込まれるようにエルノク国王が座る席へと視線を移し、その横に構えている白き竜《ドラゴン》、セルガーナを見つめる。
 零児はそのセルガーナを指差した。
『聞けっ! セルガーナ!! 俺の名は、鉄零児《くろがねれいじ》!! ここに宣言する。俺は優勝し、お前を手にする! お前の主になるのは、この俺だ!!』
 零児の優勝宣言に、観客が沸いた。優勝者を決めるこの決勝戦を前に零児は最大限に観客を盛り上げたのだ。それけではない。観客が零児の宣言に呼応し、零児の味方についたのだ。
『す、すごい! クロガネ選手! 堂々とした優勝宣言だぁー! これは見逃せないぞぉー!!』
 アナウンサーの声がさらに観客を盛りげた。アナウンサーは会場の盛り上がりに満足し、リングを降りて行った。
『聞いたか!? あいつ、あのアールに対して優勝宣言したぞ!?』
『聞いたけどマジ? アールって今まで瞬殺してきてるほど強いのに……』
『俺だったら怖くてぜってーできねぇよ!』
『見せてくれよ! クロガネレイジ! アールを倒す姿をよ!』
『レイジ! レイジ! レイジ! レイジ!』
 ――少しこっぱずかしいな……。
 零児は別に聴衆を味方につけたかったわけではない。自分を追い詰める形で、自分を鼓舞したかっただけだ。
「私を倒すつもりか?」
「ああ、そのつもりさ。これくらい気合入れなきゃ、あんたには勝てないような気がするからな」
「ならば、見せてみろ。お前の力を……」
『それでは、アルテノス武大会決勝戦を始めます! 試合、開始!」
 開始と同時に、零児は自分の目を疑った。数メートル離れていたアールがいつの間にか自分の眼前に迫っていたからだ。まるで獲物に跳びかかる野獣の如き速さだ。あまりの速さに、回避することは叶わない。それを察して、ソード・ブレイカーを引き抜いた。
 両手でソード・ブレイカーを支え、盾にする。アールの拳は零児のソード・ブレイカーの刀身に直撃した。
 ――お、重い……。
 ソード・ブレイカーごと体が後退する。一瞬感じた浮遊感。たった一撃でこの威力だ。人体に食らったらどうなるか分かったものではない。
「どうした……?」
 仮面で表情の読めないアールは嘲笑とも、疑問とも聞こえる声で零児に言った。アールの攻撃はまだ終わっていない。初撃が防御されたならば2撃目を放つまで。間髪入れずアールは次の拳を繰り出してきた。
 零児は拳をソード・ブレイカーで的確に防御する。今までの相手ならすでに終わっている。観客の目にもそれが分かる。だからこそ、会場は零児を応援した。
 2撃目、3撃目と続くアールの攻撃の防御。そのたびに僅かな浮遊感と手の痺《しび》れを感じる。が、次の瞬間だった。アールの体がふわりと浮き上がった。アールは両膝を曲げ、零児の胸部目掛けてドロップキックを放ったのだ。
「!!」
 あまりにも鮮やか過ぎる攻撃の連なり。反応することがやっとの零児はその一撃もソード・ブレイカーで防御した。
 その瞬間零児の体が大きく吹っ飛んだ。浮遊感どころの話ではない。体が宙に浮き、背後へと惰性で飛んでいく。
 ――まずい!
 仮に立ち上がったとしても、アールが即座に接近してくれば、同じ攻撃を食らうだけで場外に飛ばされかねない。
 地面が体に接地すると同時に、ゴロゴロと転がり、素早く体勢を立て直す。アールは零児の予想通り、凄まじい速さで眼前にやってきた。そして、即座に蹴りを放つ。零児はすぐに立ち上がろうとはせずに、体勢を低くしたまま、アールの足首を右手で掴んだ。
「!」
「うおおおお!」
 そのまま蹴りの勢いを殺すことなく、立ち上がりながら体を1回転させて、アールの体を投げ飛ばす。しかし、アールは何事もなかったかのように地面に着地した。
「ハァ……ハァ……」
 零児は乱れた呼吸を整える。速攻でけりをつけるつけるはずが、アールの動きに翻弄され、できずにいる。
 ――どう戦えばいい?
 自分に問いかける。アールの動きは人間離れしている。零児の動体視力ではその動きを捉えることは難しい。しかし、接近せずに勝つことなど難しい。木刀を使うにはまだ早すぎる。回避されるか、へし折られるかのどちらかであろう。
「そなた……瞳に迷いがあるな」
 不意に、アールが話しかけてきた。
「なに?」
「私をどう倒そうか考えている。しかし、そのようなことを一々考えているようでは、私を倒すことなど不可能だ」
「でかすぎるお世話だぜ……」
 悪態をつきながらも、その通りだと思う。戦場での迷いは死を招く。進が言っていたことだ。
 ――こちらも……反撃に転じなければ!
 零児はソード・ブレイカーを鞘に収め、構える。体術の心得は零児にだってある。問題はどう戦うかだ。迷いながらも、零児は攻めることを選択した。
「今度はこっちから……!」
 零児自らアールに接近する。狙うは顔面。仮面をつけた顔ならば、衝撃を受けた途端顔を通じてダメージを与えられると判断してのことだ。
 しかし、アールはその攻撃を許さない。自らへの拳を零児の手首をアッパーで殴り上げることで無力化する。
「ううっ……!」
 痛みが右手首に走る。手首の血管を一瞬で圧迫され、右手全体が一気にしびれた。
「止まって見えるぞ?」
 アールの左拳が、零児の胸部目掛けて放たれる。零児は左手の平でそれを受け止めた。そして、再び体が大きく後退。我ながら今の攻撃はよく受け止められたと思う。致命傷にこそ至っていないものの、今の攻撃を食らえば零児は立ち上がることすら出来ないダメージを負っていたに違いない。
 アールはすかさず動く。疾駆と同時に低く跳躍し、倒れている零児の頭上から体重を乗せて両足を落とす。
「クッ……!」
 それを回避するために転がる。立ち上がる隙などどこにもない。回避する以外にない。アールの攻撃はそれで終わらない。一歩踏み出すたびに足を高々と振り上げ、かかと落としの要領で零児の頭上にかかとを振り下ろす。
 まるで歩行そのものがかかと落としだ。そのたびに石で出来たリングの一部が砕け散り、零児はそれを回避するために必死に転がっていく。
「調子に、乗るな!」
「!」
 零児はかかと落としの1つを両手で受け止めた。相変わらず重い。アールの足が再び浮き上がった瞬間、零児は左手を軸にして体を持ち上げ、足に地面を付いた。その直後のアールのかかと落としを僅かな動きで回避し、高々と跳躍した。
「いつまでも、防戦だと思うなよ!」
 跳躍から体を1回転させてのかかと落とし。アールの頭上に零児の右足のかかとが振り下ろされる。が、その攻撃はアールには届かなかった。
「遅い」
 アールは凄まじい速さで再びアッパーカットを繰り出し、零児のふくらはぎを殴り上げた。
「ウッ……あ、しまった……!」
 そのまま零児はアールに背中を向ける形になる。アールは零児の背中目掛けて強烈な一撃を放った。
 背骨目掛けて放たれた拳は、零児を軽々と吹っ飛ばした。
「ウァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
 零児の絶叫がこだました。
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